ぼくが五分刈りにした経緯と経過

 なにかブログに書くことはないかなあと考えていたが、そういえば一週間ほど前に突発的に坊主にしたのであった。「しかしなぜいきなり坊主に?」と聞いてきた人も多く、今回はその詳細とその後の経過についてブログに記そうと思う。

 

 

 これらは坊主にした当日のぼくのツイートである。「えなりかずきになった」というツイートは、五歳頃に言われた「えなりかずきに似ている」という言葉を未だに引きずっているものだ。しかし今鏡を見ると、坊主頭にメガネという風貌は、えなりかずきよりもむしろ大戦末期に出征する田舎の次男坊を彷彿とさせる。

 

 ではきっかけから話そう。ぼくが所属している研究室で、「前回髪を切ってから三ヶ月経つしそろそろ散髪に行きたい」などと話していると、同期女性氏が(おそらくは冗談で)「坊主にしてはどうだ」と言ってきた。

しかしそのとき僕は真剣に悩んだ。かねてよりぼくは坊主にある種の憧れのようなものを抱いていた。世の男子大学生が美容院に行き、髪を整え、あるいは染めることで周囲と同化し、自分をより良く見せようとする中で、あえて全てを捨てて頭を丸める────そういった『異質さ』『世間との隔絶』あるいは『周囲とは違う自分』に憧れていたのかもしれない。

悩んでいる僕を見かねてか、同期男性氏が「お前が坊主にするならば、俺も坊主にしよう」と真剣な面持ちでぼくに告げた。誰が得するのか全くわからない。なぜ唐突にセリヌンティウスになろうとするのか。しかしなかなかおもしろい提案だ。

同期男性氏と僕は2人とも長身痩躯と言ってよい体型で、なおかつ眼鏡をかけている。これが同時に坊主にするとなれば我が研究室に2人の修行僧が誕生するのは必定であり、この光景を下級生が見たならばただでさえ人気のない我々の研究室の志望者が来年さらに減少すること請け合いである。

結果としてぼくは『修行僧のような見た目』『全治に六ヶ月かかる』などの様々なデメリットと『周囲とのさらなる隔絶』『散髪代の節約』『寝癖を直す時間の削減』『確実な道連れの獲得』などの極めて魅力的なメリットを天秤にかけた上で、神に全てを委ねることにした。

「この10円玉の数字の書いてある面を表、平等院の絵がある方を裏として、表が出れば坊主にする。」

そう宣言し、研究室の学生が悲鳴を上げる中、ぼくはコインを宙に跳ね上げた───────

 

 

 出た目は表だった。神が望んだのは現状維持ではなく、大いなる変革だった。ぼくは託宣に従い、叫喚に包まれる混沌の研究室をあとにして、原付に乗って山の麓のキャンパスにある床屋へ向かった。

 

 『生協の床屋』───カット1350円、5回行くごとに1000円引き券のもらえる学生向け価格の床屋だが、ここに通うものはこの大学において『世捨て人』『オタク』『イカトン』*1などの評価を受け、後ろ指を指される運命にある。件の同期男性氏は「ここに通うくらいなら俺は尊厳のために死を選ぶ」とまで言っていた。そこまで言うなら一緒に坊主になろうとするなよ。ちなみにぼくは当然常連である。みんなこの床屋を誤解しているのだ。

「いらっしゃいませ。お名前をお願いします。」

入店するといつものようにそう言われた。ここでは客の髪型をカルテのようなもので管理している。こんなしっかりした床屋がなぜあのような評価を受けねばならぬのだ。ぼくが大衆への怒りに震えながら名前を告げて散髪用の椅子に座ると、理容師は「ではサイドから刈っていきますね」と言いながら散髪に入ろうとしていた。このままではいつもと寸分たがわぬ新規性の欠片もない髪型にされてしまうと悟った僕は、振り返って理容師に五分刈りにしてほしいと伝えた。

「ご、五分刈りですか?ホントに丸坊主になっちゃうけどいいの?」

さすがに理容師も困惑していた。いくらイカトン御用達の床屋とはいえ、大学生にもなって五分刈りを頼む客は珍しいのだろう。とうに覚悟している旨を伝えると、理容師はバリカンを使ってぼくの髪を刈り始めた。途端に頭が軽くなっていくのを感じた。

バリカンの駆動音とぼくの髪が刈られるジョリジョリという音が鳴り響く中、ぼくは目を閉じていた。もちろん髪が目に入るのを防ぐためというのもあるが、ある種の覚悟の現れという面も大きかった。例えるならば、注射の際に目を閉じて事が終わるのを待つ感覚のそれであった。

しかしながら注射と決定的に違う点があり、ぼくは髪を刈られている間に言いようのない高揚を感じていた。鏡を見るのが楽しみですらあった。今思うと、これは決定的なアイデンティティ獲得への期待だったのかもしれない。

「終わりましたよ」

理容師の声とともにぼくは目を開け、渡された眼鏡をかけた。正面の鏡を見ると、そこにはおよそ今どきの大学生とは思えない、見事に丸くなった頭があった。

ぼくは自己の変容に対する興奮を抑えながら、散髪代1050円*2を支払い、頭皮により強く感じるようになった紫外線を感じながら店をあとにした。

 

 携帯を見ると、同期男性氏から「証拠写真を見せろ」という連絡がきていた。ぼくは部活に顔を出して後輩を驚かせてから帰宅し、姿見の前で証拠写真を撮って送った。

 

 

 ここまでが経緯となる。ではその後の経過を語ろう。

まず一緒に坊主になってくれると言っていた同期男性氏だが、当日中に母親の反対を受けてその旨を撤回した。ちなみにお詫びとして学食のカレーをおごってくれた上に僕が勝手にブログのネタにしたためこれで五分の手打ちとした。責めないでやってほしい。

次に周囲の反応だが、「結構似合っている」「何があった」「囚人みたい」などの様々な意見が聞かれた。周囲の意見はともかくとして、ぼくとしてはわりと似合っているんじゃないかと思っている。最近は筋トレをがんばるなどして痩せ気味から普通体型に戻ったのもあるかもしれない。

 また、これはツイッターでも話したことだが、自分の見た目に対する悩みはかなり少なくなった。あれこれ悩んだところで「でも俺坊主じゃん」となるので、悩んだところであまり意味がないのだ。大学という場において坊主にしている人間は本当に少ない。とりあえず僕以外には見たことがない。周囲との隔絶は予想通りかなり進行したと言えそうだ。

 

以上が経過となる。『研究室に修行僧が2人』という事態は残念ながら(?)回避されたが、2人坊主が並ぶよりもよい結果となったと言えるかもしれない。

 

これにて報告を終える。長文をここまで読んでいただいたことに礼を述べて結びとしたい。

*1:『いかにも東北大生』の意

*2:丸刈りだと300円安くなることをぼくは初めて知った